⑮ 学習を止めない家庭環境づくり(実践編)
はじめに
勉強しないといけないってのは分かっていますが・・・。
どうやって勉強したらいいか・・・。
自分で判断するのは難しいよね・・・。
あと、やる気も出ないし・・・。
なるほど・・・なんとかしましょう♪
- 1. はじめに
- 2. 「三か月、ほとんど勉強していないんです」
- 2.1. クラスの進度を見るたびに焦ってしまう
- 2.2. 「心配だから言っている」が届かない
- 2.3. 「勉強していないこと」を本人も気にしている
- 2.4. 教科書を開くこと自体が怖くなっていた
- 2.5. 「やらない」のではなく「どこから始めればいいか分からない」
- 3. 三か月分を取り戻そうとしない
- 3.1. 一番簡単なところから始めてみる
- 3.2. 「五分だけ」が最初の目標
- 3.3. 五分で終わっていい
- 3.4. 「もっとできるでしょう」を言わない
- 3.5. 「できるところ」から始める意味
- 3.6. 勉強時間を毎日確認しない
- 3.7. 好きな動画から学びが広がる
- 3.8. 「それなら勉強しなさい」と言わない
- 3.9. 「学ぶ場所」を机だけにしない
- 3.10. 少しずつ教科学習へつなげてみる
- 4. 「もう一問」が本人から出てきた
- 4.1. 「できるところで終わる」ことも大切
- 4.2. 毎日やらなくてもいい
- 4.3. 「毎日勉強する」より「また戻ってこられる」
- 4.4. 勉強する場所も本人に合わせる
- 4.5. 「勉強しなければならない机」をいったんリセットする
- 5. 「分からないところを聞いてもいい?」
- 5.1. 「教えてもらう」ことも学ぶ力
- 5.2. 「遅れている」から「どこをやればいいか」へ
- 5.3. 家庭が「勉強を監視する場所」ではなくなる
- 5.4. 学習を止めないとは「毎日勉強させること」ではない
- 6. おわりに
- 6.1.1. 理論編はこちらから
はじめに
「学校へ行けないのは仕方がないとしても、勉強だけはしてほしいんです。」
不登校が続くと、多くの保護者がこの不安を抱えるようになります。
学校へ行けない。
授業を受けられない。
宿題もできていない。
定期テストも受けられない。
その間にも、クラスの授業はどんどん先へ進んでいきます。
「このままでは、勉強が分からなくなってしまう。」
「高校へ行けなくなるのではないか。」
「今から少しでも勉強させなければ。」
そう考えるのは自然なことです。
しかし、保護者の焦りが強くなるほど、
「勉強しなさい。」
「少しくらいできるでしょう。」
「みんなはもうここまで進んでいるよ。」
という言葉が増えていくことがあります。
すると子どもは、教科書を見るだけで苦しくなる。
勉強の話をされるだけで部屋へ戻る。
そして、ついには、
「もう勉強なんてしたくない。」
と言うようになることがあります。
今回登場するのは、中学二年生の息子が不登校になって数か月たったお母さんです。
生活は少しずつ落ち着いてきました。
以前より会話も増えました。
生活リズムも、まだ不規則ではあるものの、少しずつ整い始めています。
ところが、お母さんには新しい焦りが出てきました。
「そろそろ勉強を始めさせなければならないのではないか。」
という焦りです。
「三か月、ほとんど勉強していないんです」
🔴 保護者
「先生、最近ずっと気になっていることがあります。」
🔵 講師
「何でしょう。」
🔴 保護者
「勉強です。」
「息子、もう三か月くらい、ほとんど勉強していないんです。」
🔵 講師
「まったく何もしていませんか。」
🔴 保護者
「教科書を開くことは、ほとんどありません。」
「学校からプリントは届いています。」
「でも机の上に置いたままです。」
🔵 講師
「お母さんは、声をかけていますか。」
🔴 保護者
「最近は少し言うようになりました。」
「前は休ませることが大事だと思って、あまり言わなかったんです。」
「でも、生活も少し落ち着いてきたので……。」
🔵 講師
「どんなふうに声をかけていますか。」
🔴 保護者
「例えば、
『そろそろ少し勉強してみたら?』
とか。」
「『一日三十分だけでもやったら?』
とか。」
🔵 講師
「お子さんは?」
🔴 保護者
「『あとで。』です。」
「でも、その『あとで』が来ないんです。」
クラスの進度を見るたびに焦ってしまう
🔴 保護者
「この前、学校から学習予定表が届いたんです。」
🔵 講師
「はい。」
🔴 保護者
「数学を見たら、もうずいぶん先まで進んでいました。」
「息子が学校へ行けなくなった頃とは、全然違う単元です。」
「英語も新しい文法に入っています。」
「それを見たら、急に怖くなってしまって。」
🔵 講師
「どんなことを考えましたか。」
🔴 保護者
「これ、どうやって取り戻すんだろうって。」
「今三か月ですよね。」
「これが半年になったら?」
「一年になったら?」
「高校受験は?」
「そう考え始めたら止まらなくなりました。」
🔵 講師
「それで、お子さんにも?」
🔴 保護者
「言ってしまいました。」
🔵 講師
「何と?」
🔴 保護者
「『学校、もうここまで進んでるよ。』」
「『今から少しやっておかないと、本当に分からなくなるよ。』って。」
🔵 講師
「お子さんは何と言いましたか。」
🔴 保護者
「何も言いませんでした。」
「そのまま部屋に戻りました。」
「心配だから言っている」が届かない
🔴 保護者
「私も責めたいわけじゃないんです。」
「本当に心配なんです。」
🔵 講師
「もちろん、そうだと思います。」
🔴 保護者
「でも息子には、
『勉強しろってうるさい。』
と言われました。」
「私、
『あなたのためを思って言ってるんだよ。』
って言いました。」
🔵 講師
「その時、お子さんは?」
🔴 保護者
「『分かってるよ。』って。」
「でも、すごく嫌そうでした。」
🔵 講師
「お母さん。」
「少しだけ、お子さんの側から考えてみましょうか。」
🔴 保護者
「はい。」
🔵 講師
「学校へ行けなくなっている。」
「授業にも出ていない。」
「勉強も遅れている。」
「おそらく、そのことを一番分かっているのは誰でしょう。」
お母さんは少し考えました。
🔴 保護者
「……本人ですよね。」
🔵 講師
「そうだと思います。」
「勉強していないこと」を本人も気にしている
🔴 保護者
「でも、全然気にしていないように見えるんです。」
🔵 講師
「どうしてそう思いますか。」
🔴 保護者
「ゲームしていますし。」
「動画も見ています。」
「勉強の話をしなければ普通に笑っています。」
🔵 講師
「では、勉強の話をすると?」
🔴 保護者
「急に不機嫌になります。」
🔵 講師
「それは、本当に何も気にしていない人の反応でしょうか。」
🔴 保護者
「……違うかもしれません。」
🔵 講師
「気にしているからこそ、触れられたくないこともあります。」
「本人の中にも、
『やらなきゃ。』
があるのかもしれません。」
「でも、
『やらなきゃ』
と
『できる』
は別なんです。」
🔴 保護者
「やらなきゃと思っていても、できない。」
🔵 講師
「そういうことはあります。」
教科書を開くこと自体が怖くなっていた
数日後。
お母さんは息子がリビングにいる時に聞いてみました。
🔴 保護者
「ちょっと聞いてもいい?」
「何?」
🔴 保護者
「勉強のことなんだけど。」
その瞬間、息子の表情が少し固くなりました。
お母さんは慌てて続けました。
🔴 保護者
「今日は『勉強しなさい』って言う話じゃないよ。」
「……何?」
🔴 保護者
「勉強するの、今しんどい?」
息子はしばらく答えませんでした。
そして、小さな声で言いました。
「しんどい。」
🔴 保護者
「何が一番しんどい?」
「分かんないから。」
🔴 保護者
「何が?」
「どこからやればいいか。」
お母さんは黙って続きを待ちました。
「数学とかさ。」
「学校どこまで行ってるか分かんないし。」
「前のところも忘れてるし。」
「プリント見ても分かんないし。」
🔴 保護者
「そうだったんだ。」
「だから見るの嫌なんだよ。」
「やらない」のではなく「どこから始めればいいか分からない」
翌日、お母さんは講師にその話をしました。
🔴 保護者
「先生、私、勘違いしていました。」
🔵 講師
「何をですか。」
🔴 保護者
「本人は勉強したくないだけだと思っていました。」
「でも違ったんですね。」
🔵 講師
「少なくとも今回のお子さんの場合は、
『何をすればいいのか分からない』
という負担も大きそうですね。」
🔴 保護者
「三か月分のプリントを机に置いていました。」
🔵 講師
「かなりありますか。」
🔴 保護者
「ものすごくあります。」
「数学、英語、国語、理科、社会。」
「全部まとめてあります。」
🔵 講師
「それを見たら、大人でも少し嫌になりそうですね。」
🔴 保護者
「そうですよね……。」
三か月分を取り戻そうとしない
🔴 保護者
「では先生、どこから始めたらいいでしょう。」
🔵 講師
「まず、
『三か月分を取り戻す』
という考え方をいったん横に置きましょう。」
🔴 保護者
「でも、いつかは取り戻さないといけませんよね。」
🔵 講師
「必要な学習は、状態が整ってきた段階で整理できます。」
「今一番大切なのは、
『自分にもまだ勉強できる。』
という感覚を取り戻すことです。」
🔴 保護者
「自信を取り戻すということですか。」
🔵 講師
「そうですね。」
「だから、いきなり一番遅れているところから始めなくてもいいんです。」
一番簡単なところから始めてみる
🔵 講師
「お子さんが比較的好きだった教科は何ですか。」
🔴 保護者
「社会です。」
「歴史は好きでした。」
🔵 講師
「では、そこからでもいいと思います。」
🔴 保護者
「でも今、学校は地理をやっています。」
🔵 講師
「学校の進度ではなく、まず本人が入りやすいところからです。」
🔴 保護者
「昔やった歴史でも?」
🔵 講師
「構いません。」
「勉強を再開する最初の目的は、
『クラスに追いつく』
ではなく、
『学習する感覚を取り戻す』
ことだからです。」
「五分だけ」が最初の目標
その日の夕方。
お母さんは息子に話しました。
🔴 保護者
「勉強のことなんだけど。」
息子は少し嫌そうな顔をしました。
「また?」
🔴 保護者
「今日はちょっと違う。」
「三か月分のプリント、全部やらなくていいことにしようと思って。」
「え?」
息子が顔を上げました。
🔴 保護者
「あれ全部見たら嫌になるでしょう。」
「……うん。」
🔴 保護者
「だから、今は学校に追いつくことを考えなくていい。」
「じゃあ何するの?」
🔴 保護者
「何ならできそう?」
息子はしばらく考えました。
「分かんない。」
🔴 保護者
「歴史とかどう?」
「歴史なら……。」
🔴 保護者
「五分だけ見る?」
「五分?」
🔴 保護者
「うん。」
「五分たったら終わっていい。」
息子は少し疑うような顔をしました。
「本当に?」
🔴 保護者
「本当に。」
五分で終わっていい
その日。
息子は久しぶりに教科書を開きました。
歴史の教科書です。
最初は、ほとんど読んでいませんでした。
ページをめくっているだけでした。
それでもお母さんは何も言いませんでした。
五分ほどして、息子が教科書を閉じました。
「終わり。」
🔴 保護者
「うん。」
それだけです。
お母さんは、
「もう少しできるでしょう。」
とは言いませんでした。
「せっかくだから十分やろう。」
とも言いませんでした。
五分で終わらせました。
「もっとできるでしょう」を言わない
翌日。
🔴 保護者
「今日も何か見る?」
「気が向いたら。」
🔴 保護者
「分かった。」
夕方。
息子は自分から歴史の教科書を持ってきました。
昨日と同じようにページをめくっています。
しかし、その日は十分ほど見ていました。
お母さんは時計を見ていましたが、何も言いませんでした。
しばらくして息子が言いました。
「これ覚えてる。」
🔴 保護者
「どれ?」
「鎌倉幕府のところ。」
🔴 保護者
「前にやったね。」
「これ、テスト結構できた。」
🔴 保護者
「そうだったね。」
息子は少し笑いました。
久しぶりに、勉強の話をしている時に笑った顔でした。
「できるところ」から始める意味
数日後。
🔴 保護者
「先生、歴史だけですけど、少し見るようになりました。」
🔵 講師
「いいですね。」
🔴 保護者
「でも、これでいいんでしょうか。」
「本当は数学がかなり遅れています。」
🔵 講師
「今、歴史をやっている時のお子さんはどんな様子ですか。」
🔴 保護者
「前より嫌そうじゃありません。」
「この前は、
『これ覚えてる。』
って自分から言っていました。」
🔵 講師
「その感覚が大切なんです。」
🔴 保護者
「『自分にもできる』という感覚?」
🔵 講師
「そうです。」
「学習から離れていた子にとって、
『分かった。』
『覚えていた。』
という経験は大きいんです。」
勉強時間を毎日確認しない
🔴 保護者
「私、聞かないようにしているんです。」
🔵 講師
「何をですか。」
🔴 保護者
「『今日は何分やった?』って。」
🔵 講師
「以前なら聞いていましたか。」
🔴 保護者
「絶対聞いていました。」
「それで手帳に、
『今日は15分』
とか記録していたと思います。」
🔵 講師
「今は?」
🔴 保護者
「本人が何か話した時だけ聞くようにしています。」
「昨日も、
『今日は歴史見た。』
と言ってきたので、
『そうなんだ。』
って。」
🔵 講師
「それで十分なこともあります。」
好きな動画から学びが広がる
ある日の夜。
息子がリビングで動画を見ていました。
戦国時代を扱った動画でした。
「母さん。」
🔴 保護者
「何?」
「織田信長ってさ、本当にこういう人だったのかな。」
🔴 保護者
「どうだろう。調べてみたら?」
「ちょっと調べる。」
息子はスマホで検索し始めました。
しばらくして、
「これ、動画と書いてあること違う。」
と言いました。
🔴 保護者
「そうなんだ。」
「どっちが本当なんだろ。」
🔴 保護者
「いくつか見てみたら?」
息子は別の記事も読み始めました。
気づけば二十分ほど調べています。
教科書は開いていません。
問題集もやっていません。
でも、
疑問を持つ。
調べる。
比べる。
考える。
という学びが生まれていました。
「それなら勉強しなさい」と言わない
お母さんは、その姿を見ながら思いました。
「こんなに調べられるなら、学校の勉強もできるんじゃない?」
以前なら、そう言っていたかもしれません。
でも今回は言いませんでした。
興味を持っている時間を、そのまま大切にしました。
しばらくすると息子が言いました。
「歴史って、教科書だとあんまり詳しく書いてないんだな。」
🔴 保護者
「そうだね。」
「もっと詳しい本ない?」
🔴 保護者
「家にはないかな。」
「図書館にあるかな。」
🔴 保護者
「あると思うよ。」
「今度行ってみようかな。」
お母さんは少し驚きました。
学校へ行けなくなってから、息子は図書館にもほとんど行っていませんでした。
それでも、
🔴 保護者
「行きたくなったら一緒に行こうか。」
とだけ答えました。
「学ぶ場所」を机だけにしない
数日後。
二人は図書館へ行きました。
息子は歴史の棚で何冊か本を手に取りました。
一冊を借りて家へ帰りました。
その本は、学習机ではなくリビングのソファに置かれました。
息子は気が向いた時にページを開きます。
寝転がりながら読むこともありました。
🔴 保護者
「先生、これも勉強って考えていいんでしょうか。」
後日、お母さんは講師に聞きました。
🔵 講師
「もちろんです。」
🔴 保護者
「私、勉強って、
『机に座って、教科書とノートを出して、問題を解く』
ことだと思っていました。」
🔵 講師
「それも学習です。」
「でも、それだけではありません。」
「興味を持つ。」
「調べる。」
「本を読む。」
「人に聞く。」
「自分で考える。」
「それも学びです。」
少しずつ教科学習へつなげてみる
それからしばらくして。
ある日、息子が学校から届いていたプリントの山を見ました。
「これ、まだ全部あるの?」
🔴 保護者
「あるよ。」
「捨ててない。」
息子は少し考えました。
「数学、どこから分かんなくなったんだろ。」
お母さんは、その言葉を聞いて驚きました。
以前はプリントを見るだけで嫌がっていた息子が、自分から数学の話をしたのです。
🔴 保護者
「一緒に見てみる?」
「全部は嫌。」
🔴 保護者
「全部やらなくていいよ。」
「どこから分からないかだけ探してみようか。」
「それならいい。」
二人でプリントを広げました。
一枚目。
「これは分かる。」
二枚目。
「これも多分できる。」
三枚目。
息子の手が止まりました。
「このへんから分かんない。」
🔴 保護者
「じゃあ、今日はそこが分かっただけでもいいんじゃない?」
息子は少し考えました。
そして言いました。
「一問だけやってみる。」
お母さんは何も言わず、プリントを息子の前に置きました。
息子は鉛筆を持ちました。
しばらく問題を見ています。
一度書いて、消しました。
もう一度書きました。
そして数分後。
「……できたかも。」
お母さんが答えを見ると、正解でした。
🔴 保護者
「合ってるよ。」
息子は答えをじっと見ました。
そして小さく言いました。
「俺、数学、全部分かんなくなったわけじゃないんだ。」
お母さんは、すぐには何も言いませんでした。
息子はもう一度プリントを見ました。
そして、次の問題へ鉛筆を動かしました。
「もう一問」が本人から出てきた
息子は、次の問題をしばらく見ていました。
先ほどより少し難しいようです。
式を書いては消し、また書き直します。
お母さんは横から口を出したくなりました。
「そこはこうするんじゃない?」
と言えば、すぐ解けるかもしれません。
でも、少し待ちました。
しばらくすると息子が言いました。
「これ、どうやるんだっけ。」
🔴 保護者
「どこまで分かる?」
「ここまでは分かる。」
息子は途中まで書いた式を指さしました。
🔴 保護者
「じゃあ、その次が分からないんだね。」
「うん。」
お母さんも問題を見ました。
しかし、すぐ答えを教えるのではなく、
🔴 保護者
「教科書に似た問題なかった?」
と聞きました。
「あるかな。」
二人で教科書を探しました。
少し前のページに似た例題がありました。
「あ、これか。」
息子は例題を見ながら、もう一度問題に取り組みました。
数分後。
「できた。」
答えを確認すると、今度も正解でした。
🔴 保護者
「合ってる。」
「よし。」
息子は小さく笑いました。
そして三問目へ進もうとしました。
でも、途中で鉛筆を置きました。
「今日はもういい。」
以前のお母さんなら、
「せっかく調子が出てきたんだから、あと少しやったら?」
と言っていたかもしれません。
でも今回は、
🔴 保護者
「分かった。」
とだけ答えました。
二問で終わりました。
「できるところで終わる」ことも大切
翌日、お母さんは講師にその話をしました。
🔴 保護者
「先生、正直もったいないと思いました。」
🔵 講師
「何がですか。」
🔴 保護者
「せっかく数学を始めたのに、二問で終わったからです。」
「もう少しやればいいのにって。」
🔵 講師
「でも、お母さんは止めなかった。」
🔴 保護者
「はい。」
「前だったら絶対、
『あと三問だけ。』
と言っていました。」
🔵 講師
「二問やって、お子さんはどんな様子でしたか。」
🔴 保護者
「ちょっとうれしそうでした。」
「『全部分からないわけじゃなかった』って。」
🔵 講師
「では、その日の学習で一番大きかったものは何でしょう。」
🔴 保護者
「二問できたこと……ですか。」
🔵 講師
「それもあります。」
「でも、それ以上に、
『自分はまだ勉強できる。』
と思えたことではないでしょうか。」
お母さんは、少し考えました。
🔴 保護者
「なるほど……。」
🔵 講師
「学習を再開したばかりの時期には、
『何ページ進んだか』
より、
『次もやってみようと思える状態で終われたか』
が大切なことがあります。」
毎日やらなくてもいい
翌日は、息子は勉強しませんでした。
その次の日も、プリントには触れませんでした。
お母さんは気になりました。
「せっかく始めたのに。」
「また止まってしまうのではないか。」
三日目。
つい、
🔴 保護者
「数学、今日はやらないの?」
と聞きそうになりました。
でも、やめました。
夕方になると、息子はいつものようにゲームをしていました。
お母さんの中には、
「ゲームは何時間もできるのに、勉強は二問だけなの?」
という気持ちもありました。
それでも言いませんでした。
四日目。
夕食後、息子が自分から言いました。
「この前の数学のプリント、どこ?」
🔴 保護者
「棚に置いてあるよ。」
「出していい?」
🔴 保護者
「もちろん。」
息子はプリントを持ってきました。
その日は三問解きました。
「毎日勉強する」より「また戻ってこられる」
後日。
🔴 保護者
「先生、毎日じゃなくてもいいんでしょうか。」
🔵 講師
「今の段階では、毎日やることだけを目標にしなくてもいいと思います。」
🔴 保護者
「学習習慣をつけるなら、毎日の方がいいのかなと思っていました。」
🔵 講師
「将来的に習慣化することは大切でしょう。」
「でも今は、学習との関係をつくり直しているところです。」
🔴 保護者
「関係をつくり直す?」
🔵 講師
「はい。」
「勉強すると怒られる。」
「できないと責められる。」
「遅れていることを思い知らされる。」
「そういう感覚から、
『分からなくても大丈夫。』
『少しだけでもいい。』
『またやりたくなったら戻ってこられる。』
という感覚へ変えていくんです。」
🔴 保護者
「なるほど。」
🔵 講師
「一度休んだら終わりではなく、また戻ってこられる。」
「それも大切な学習習慣です。」
勉強する場所も本人に合わせる
息子は最初、リビングで勉強していました。
自分の学習机には、なかなか向かいませんでした。
ある日、お母さんが聞きました。
🔴 保護者
「自分の部屋でやらなくていいの?」
「ここでいい。」
🔴 保護者
「集中できる?」
「部屋の机、嫌なんだよ。」
🔴 保護者
「どうして?」
「学校のプリントいっぱいあるし。」
「見ると嫌になる。」
お母さんは初めて気づきました。
学習机の上には、学校から届いた大量のプリントが積まれていました。
教科書。
問題集。
提出できていない課題。
テスト範囲表。
それらが全部、
「やっていない勉強」
を思い出させる場所になっていたのです。
「勉強しなければならない机」をいったんリセットする
その週末。
お母さんは息子に聞きました。
🔴 保護者
「机、ちょっと片づける?」
「プリント捨てるの?」
🔴 保護者
「捨てないよ。」
「必要なものだけ別の箱に入れておこうか。」
「それならいい。」
二人で整理しました。
すぐに必要ではないプリントは箱へ入れました。
教科書も、全部机の上に並べるのではなく、今使いそうなものだけ残しました。
机の上には、
数学の教科書。
ノート。
鉛筆。
それだけ。
息子は机を見て言いました。
「なんか広くなった。」
🔴 保護者
「ずいぶん積んであったからね。」
「これなら、ここでもできるかも。」
数日後。
お母さんが息子の部屋を通りかかると、机の上に数学のノートが開いていました。
息子はゲームをしていました。
でも、ノートには数問の計算が書かれていました。
お母さんは何も言いませんでした。
「勉強したの?」
とも聞きませんでした。
ただ、そっと部屋を離れました。
「分からないところを聞いてもいい?」
それから少しずつ、息子の学習時間が増えていきました。
毎日ではありません。
五分の日もあります。
二十分の日もあります。
まったくやらない日もあります。
歴史の本だけ読む日もあります。
動画で興味のあることを調べて終わる日もあります。
それでも、以前のように、
「勉強」という言葉だけで表情が曇ることは減ってきました。
ある日、息子が数学の問題集を持ってリビングへ来ました。
「母さん。」
🔴 保護者
「何?」
「これ分かる?」
🔴 保護者
「どれ?」
お母さんも問題を見ました。
🔴 保護者
「うーん。お母さんもすぐには分からないな。」
「えー。」
🔴 保護者
「一緒に調べてみる?」
「うん。」
二人で教科書を見ました。
それでも分かりません。
息子が言いました。
「先生に聞いたら分かるかな。」
お母さんは少し驚きました。
🔴 保護者
「学校の先生?」
「うん。」
以前は学校の話をすることさえ嫌がっていた息子が、自分から「先生に聞く」という言葉を出したのです。
「教えてもらう」ことも学ぶ力
後日、担任を通して数学の先生に質問できることになりました。
短い時間でしたが、分からなかった問題を説明してもらいました。
帰宅すると、息子は問題集を開きました。
「分かった。」
🔴 保護者
「分かった?」
「俺、途中までは合ってた。」
🔴 保護者
「そうなんだ。」
「ここだけ違ってた。」
息子は自分で解き直しました。
今度は正解しました。
その姿を見ながら、お母さんは思いました。
勉強するということは、
一人で全部できることではない。
分からなければ調べる。
それでも分からなければ、人に聞く。
教えてもらって、もう一度やってみる。
それも学ぶ力なのだと。
「遅れている」から「どこをやればいいか」へ
さらに時間がたつと、息子自身が学校の進度を気にするようになりました。
「数学、今学校どこ?」
🔴 保護者
「先生に聞いてみようか。」
「うん。」
以前なら、学校の進度を知ること自体が大きなプレッシャーでした。
しかし今は違います。
「みんなはこんなに先へ行っている。」
ではなく、
「自分はどこからやればいいだろう。」
と考えられるようになっていました。
学校から情報をもらい、今分かるところと分からないところを整理しました。
全部を最初からやり直すのではありません。
まず数学の基礎。
次に英語の必要な部分。
好きな社会は自分で進める。
一度に五教科を完璧にするのではなく、優先順位をつけました。
家庭が「勉強を監視する場所」ではなくなる
ある日、お母さんは講師に言いました。
🔴 保護者
「先生、最近ほとんど『勉強しなさい』って言っていないんです。」
🔵 講師
「そうなんですね。」
🔴 保護者
「でも、前より勉強するようになりました。」
🔵 講師
「何が変わったと思いますか。」
お母さんは少し考えました。
🔴 保護者
「本人が自分で決めるようになったことですかね。」
「今日は歴史。」
「今日は数学。」
「今日はやらない。」
「それを自分で決めています。」
🔵 講師
「それは大きいですね。」
🔴 保護者
「前は、私が全部決めようとしていました。」
「何時から。」
「何分。」
「何ページ。」
「何の教科。」
「全部です。」
🔵 講師
「心配だったからですよね。」
🔴 保護者
「はい。」
「でも、私が管理すればするほど、息子にとって勉強は『私にやらされるもの』になっていたんだと思います。」
学習を止めないとは「毎日勉強させること」ではない
不登校の子どもに対して、
「学習を止めない。」
という言葉を聞くと、
毎日必ず勉強する。
学校と同じ時間割で学ぶ。
クラスの進度に遅れない。
そんな状態を想像するかもしれません。
しかし、それだけが「学びを止めない」ということではありません。
五分だけ教科書を見る日がある。
好きな歴史について調べる。
図書館で本を借りる。
分からない数学を一問考える。
できなければ質問する。
何もできない日は休み、また別の日に戻ってくる。
それも、学びを続けている姿です。
おわりに
学校へ行けなくなると、保護者は学習の遅れが心配になります。
それは当然です。
学年が進む。
授業が進む。
テストがある。
受験もある。
時間だけは進んでいくように感じます。
だからこそ、
「少しでも早く勉強させなければ。」
と思います。
しかし、焦って大量の教材を渡したり、
「みんなはもうここまで進んでいる。」
と言い続けたりすると、子どもにとって勉強そのものが「自分の遅れを確認する時間」になってしまうことがあります。
大切なのは、最初からすべてを取り戻そうとしないことです。
五分でもいい。
一問でもいい。
好きな教科でもいい。
以前習った簡単なところでもいい。
まず、
「自分にもまだ分かる。」
「自分にもまだできる。」
という感覚を取り戻していくことです。
そして、家庭では、
教材を手に取りやすくする。
大量のプリントを整理する。
勉強する場所を本人に合わせる。
質問できる環境をつくる。
できない日を責めない。
できたからといって、すぐ量を増やさない。
そうした環境を整えていきます。
親の役割は、家庭教師のように毎日横について勉強を管理することだけではありません。
子どもが「ちょっとやってみようかな」と思った時、その気持ちを邪魔せず学び始められる環境を残しておくこと。
それも、とても大切な役割です。
学校へ行けない期間があっても、学び直すことはできます。
分からなくなったところがあっても、必要になった時に戻ることができます。
一度学習が止まったように見えても、そこから再び始めることもできます。
そして、自分で選び、自分で調べ、分からなければ誰かに聞き、またやってみる。
その経験は、単に「学校の遅れを取り戻す」以上の意味を持っています。
「必要になった時、自分はもう一度学び始めることができる。」
その感覚を子どもが持てるようになること。
それこそが、不登校の時期に家庭で守っていきたい「学びの土台」なのです。
理論編はこちらから
⑮ 学習を止めない家庭環境づくり(理論編)
はじめに 子どもが学校へ行けなくなると、保護者が心配することの一つが「勉強の遅れ」です。 「授業がどんどん先へ進んでしまう。」 「このままではテストについていけなくなる。」 「高校受験はどうなるのだろう。」 学校へ行けな […]
学校に行けないお子さんのための家庭教師
不登校のお子さんのことで悩まれている方からのご相談が増えています。
無理に勉強を始める必要はありません。
まずは今の状況をお聞かせください。
【ご相談の流れ】
① メール・電話・LINEでご相談
② 現在の状況をヒアリング
③ お子さんに合った進め方をご提案
※ご相談だけでも大丈夫です
※無理な勧誘は一切ありません



